限定承認の配当。 | ||
相談の概要 先月から銀行の債務処理担当部署に勤めています。なお,私の銀行は,地方銀行で,私の勤める支店はその中でも田舎の方の店です。 配属された翌日,弁護士から配当の連絡がありました。どの事件かよく分からないので,前任者に聞いてみたところ,4年前に相続財産破産が終了した事件だろうとのことで,そのときに私の銀行も破産配当を受けているとの話でした。また,前任者の説明から,今回連絡してきた弁護士は,その相続財産破産事件の申立代理人だったことも分かりました。 銀行にとっては,お金が入ってくることは喜ばしいことですが,どのような手続と経緯でこのようなことになったのでしょうか。 |
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ご回答 今回の配当は,破産配当ではなく,限定承認の配当ではないかと思います。 亡くなられた方が死亡直前に債務超過の疑いがある場合や,債務超過であってもそれなりの資産がある場合には,相続人が,相続放棄ではなく,限定承認の申立てをすることがあります。 相続では,亡くなられた方の財産法上の権利義務を包括して承継することになります(民法896条本文)。相続の手続の中で,「預貯金は受け継ぐけれど,土地は遠くに住んでいるからいらない。」とか,「預貯金や不動産といった資産は是非欲しいが,負債は一切引き継ぎたくない。」といった選り好みは認められません。 しかし,相続によって資産を引き継げる場合も,債務を負担させられるおそれのある場合も,いずれも相続人の生活態度とは関係ない被相続人の財産状態という偶然の事情によって決まるので,民法は相続するかしないか(相続を承認するか,相続を放棄するか),また,無条件に相続するか,それとも資産の範囲内で相続するとの留保をつけて相続するか(単純承認か限定承認か),相続人が選択することを認めています。特に相続人にとって困るのは,被相続人の債務を引き受けさせられることですが,それを防ぐ方法として相続放棄と限定承認があります。相続放棄の場合には,家庭裁判所に対して相続放棄の申述をすれば,申述をした者ははじめから相続人でなかったものとみなされ(民法938条,民法939条),限定承認の場合には(民法924条),限定承認の申述をした相続人は,相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務の弁済や遺贈の弁済をすればよいことになっています(民法922条)。なお,限定承認は,相続人が数人あるときは,共同相続人の全員で行う必要があります(民法923条)。相続人が1人しかいない場合で限定承認をしたときは,その限定承認をした相続人が相続財産を管理しますが,相続人が複数の場合(共同相続の場合)で限定承認をしたときは,相続人(限定承認者)のうちの1人が相続財産管理人に選任されます(民法936条1項,家事事件手続法201条3項)。 実務的には,資産が残る可能性が大きいときは,共同相続人の全員で限定承認を行い,資産が残る可能性がないときは,相続人のうちの1人を残してその他の相続人全員で相続放棄を行い,相続人1人の状態を作った上で,その1人が限定承認をするという方法が多いと思います。 ところで,債務を受け継がないということであれば相続放棄が最も確実ですが,相続放棄をすると後順位の相続権者が繰り上がって相続人になることがあり(民法889条),処理がややこしくなることがあります。つまり,被相続人の子が相続放棄すると,被相続人の直系尊属が相続人となり,さらに被相続人の直系尊属が相続放棄すると,被相続人の兄弟姉妹が相続人になります。このような場合だと,当事者が多くなりすぎますので,被相続人の子供らが限定承認し,そこで限定承認の枠組みを用いて法律関係を処理してしまうことも行われるのです。 限定承認をした場合には,債権者の調査を行い,相続財産を換価し(お金に換えて),債権者に弁済すなわち配当をしなければなりません(民法929条以下)。相続財産を売却する場合には,競売に付すか,あるいは家庭裁判所が選任した鑑定人の評価にしたがって相続財産を売却する必要がありますが(民法932条),地方の事件だと相続財産に農地が含まれていたり,需要のない不動産が含まれていたりして,競売しても思うように売却が進まなかったり,鑑定人を付すれば費用倒れになることが少なくありません。そこで,私がよくやる方法なのですが,限定承認の申述をしておいて,官報公告を出した後(民法927条),限定承認者又は限定承認に基づく相続財産管理人から相続財産破産の申立てを行うことがあります(破産法224条,破産法225条)。破産法には換価及び配当について民法の限定承認に関する規定に比べてはるかに詳細な手続が規定されていますので,破産手続で処理した方が手続の適正性を保ちやすくなりますし,管財人が就くことで機動的に相続財産の換価を行うことができるようになります。 しかし,相続財産破産手続においても,全ての財産が売却できるとは限りません。例えば,農地の場合,農地法3条による許可がなければ売買できません。売却の見込みがない財産は,たとえ相続財産破産手続であっても,管財人は破産財団から放棄せざるを得ません。管財人が破産財団から放棄した財産は,相続財産管理人ないし限定承認者の管理下に復帰することになります。だからといって,管財人が破産財団から放棄したくらいですから,限定承認の枠組みで売却することはさらに困難で,このような財産は事実上塩漬け状態になってしまいます。 ところが,このような財産でも,突然売却できることがあります。私が経験したのは,島根県の公共事業により,相続財産破産で管財人が放棄した農地を島根県が買い取ったケースです。本来であれば民法929条に戻って競売や鑑定手続を踏むべきなのでしょうが,農地は安価でしか売却できませんので,そのようなことをすると確実に赤字になってしまいます。そこで,相続財産破産手続で知れていた債権者全員の同意をとって島根県に売却しました。このような方法は厳密には違法かも知れませんが,かといっていったん受理された限定承認の効果が覆るわけではなく,債権者全員の同意があれば相続債権者から損害賠償請求(民法934条)を起こされる可能性もありませんから,トラブルとなる可能性はないと判断して処理しました。 本件の場合も,おそらく,相続財産破産手続において大部分の財産が換価でき,配当も行われたものの,農地等の一部の財産が売れ残ったケースであり,相続財産破産の管財人が売れ残りの財産を破産財団から放棄して破産手続が終了し,その財産が限定承認者ないし相続財産管理人の管理下に戻った後,公共事業などでその売れ残った財産が偶然売れたために,限定承認者ないし相続財産管理人の代理人の弁護士から限定承認手続における配当の申出があった場合であると推測します。 |
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弁護士 田上尚志(平成27年04月20日) |
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