本文へスキップ

島根県益田市の法律事務所。田上法律事務所です。

電話でのご予約・お問い合わせはTEL.0856-25-7848

〒698-0027 島根県益田市あけぼの東町13番地1 赤陵会館2階

土地賃借人が地代を滞納したままひどい認知症になってしまった 。

 相談の概要

 40年前,遠い親戚の女性に頼まれて私が所有している土地をその親戚の女性夫婦が家を建てるための敷地として賃貸しました。それから20年ほど経った頃,ご主人が亡くなりました。そのご夫婦には子どもさんが息子さん1人だけいらっしゃったのですが,同じ頃,就職で九州の会社に就職し,そのままそこで結婚し,自宅も建ててこちらに戻ることはないようです。
 ところが,3年くらい前から土地代が約束通りに払ってもらえなくなり,ここ1年は1円も払ってもらっていません。人づてにこの女性が社会福祉協議会の日常援助事業を利用していると聞いたので,社会福祉協議会に土地代を払うか建物を撤去するよう交渉してみましたが,社会福祉協議会の担当者は,「現在,この女性は重度の認知症で施設に入所しているが,年金だけでは生活費が足りず,生活保護を受けていて土地代を払う余裕はない。建物撤去の費用は全くない。市役所も成年後見の開始を考えている。」と言うだけで,土地代を払ってもらうことはできず,また,撤去も拒否されてしまいました。
 私は間違ったことは言っていないと思うのですが,どうすれば良いでしょうか。

 ご回答
 
 あなたは,法律上正しい主張をしていますが,かといってお金がない人から土地代を支払ってもらったり,建物を撤去してもらうことはできません。
 土地を賃貸したのであれば,土地代を支払ってもらう権利があることは,民法上当然のことです(民法601条)。また,地代の支払いが滞っている現状からすれば,賃貸借契約を解除し(民法541条),原状回復(建物撤去)のうえ,土地を返してもらう権利があることも,民法上当然のことといえます(民法621条,民法616条,民法598条)。
 しかし,だからとってこの女性や社会福祉協議会の担当者から強引に金を奪い取ったり,建物を破壊することはできません。そんなことをすれば,あなた自身が犯罪者となってしまいます。

 ご相談の状況下では,親戚の女性の方に対し,@建物の収去と土地明渡し,A未払賃料及び将来の賃料相当損害金の支払いを求める民事訴訟を提起し,その確定を待って強制執行を試みるしかありません。ただ,この場合でも,建物の収去と土地明渡しを実現するための執行費用や工事費用は事実上あなたの負担となりますし,未払賃料及び賃料相当損害金の回収は望めそうにありません。ご相談の状況だと,生活保護を受けているくらいですから預貯金があるとは思えませんし,その親戚の女性の方に強制執行をかけるとしても,その女性の方の手持ち現金及び預貯金は差押禁止財産に該当すると思いますので(民事執行法131条,同152条,同153条),この女性から撤去費用や未払賃料,賃料相当損害金を回収することは事実上不可能といわざるを得ません。当然,この女性が自ら指揮して建物を撤去することも不可能です。
 そうすると,結局,どうしても建物を撤去したいということであれば,あなた自身が資金を出して撤去するほかないと思います。

 さらに,現状だと,この女性に判断能力がないので,特別代理人を選任しなければならず(民事訴訟法35条),その費用も事実上あなたが負担しなければなりません。成年後見人が選任されれば,その成年後見人がこの女性の代理人として対処してくれますので,提訴するのであれば,成年後見人が選任されてからの方が良いと思います。この観点からは,社会福祉協議会に,成年後見人が選任された場合には通知してもらうようお願いしておいた方が良いでしょう。
 なお,本件の解決方法としては,次善の策として,成年後見人が選任された場合に,この女性の自宅建物を無償か又は安く譲り受ける旨の和解契約をすることも考えておいた方が良いと思います。建物の所有権を得ておけば,いつ取り壊すかはあなたの自由ですし,まだ住める状態ならば,あなたの娘さん家族で利用してその分取壊しのための資金を貯金するとか,あるいは建物と土地をまとめて売るとか,建物を賃貸するといった解決方法も可能となってくるからです。
 
 なお,この女性には息子さんがいるようですが,保証人になってもらっていない限り,この息子さんに賃料の負担をお願いすることはできても,支払いを請求することはできません。支払いたくないと言われれば,それまでということです。

 残念ながら,民事紛争だと,全面的に正しいからといって,その方が希望する通りの解決になるとは限りません。現実には権利の取得や回復を目指す方が事実上費用を負担せざるを得ない場合が少なくないのです。 
弁護士 田上尚志(平成31年02月01日) 

 参考文献

  新民事訴訟法講義[第2版] 中野貞一郎・松浦 馨・鈴木正裕編 有斐閣 

田上法律事務所 田上法律事務所

〒698-0027
島根県益田市あけぼの東町13番地1
赤陵会館2階
TEL 0856-25-7848
FAX 0856-25-7853