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島根県益田市の法律事務所。田上法律事務所です。

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担保権消滅許可申立てに対する対処。


 相談の概要

 地方銀行で破産事件の対応を担当しています。
 当行では,25年ほど前から地元の食品製造業者(株式会社)と取引をしており,その食品製造業者が所有していた工場に根抵当権を設定していました。ところが,その後その食品会社は売上が伸びず経営不振に陥り,当行が根抵当権を設定していた工場も,他の業者に賃貸されるようになりました。返済が滞ったので,当行はその工場の賃料について収益執行を行い,地代を貸金債権の弁済に充当してきました。そうしたところ,その工場は借地上建物だったので,その食品会社は収益執行によって地主に地代が支払えなくなったらしく,地主から賃料不払いによる土地賃貸借契約解除を通告され,さらに地主は建物収去土地明渡請求の訴えを提起し,請求認容の判決が確定しています。
 このような状況のもと,最近この食品整合業者について破産手続が開始され,管財人となった弁護士から,「地主が250万円でこの工場建物を購入したいと言っているが,売却に応じる意思はあるか。」と尋ねられました。当行も土地家屋調査士に建物価格の鑑定を依頼しており,490万円という評価を得ていましたので,「250万円では応じられない。490万円で売却して欲しい。」旨管財人に連絡したところ,管財人は,「250万円を拒絶するなら担保権消滅許可の申立ての準備がある。250万円での任意売却に応じるか応じないか。2週間程度で貴銀行の最終的な判断を聞かせて欲しい。」と言われました。
 工場は県の中心部ではなく,いわゆる過疎地にあるのですが,それにしても490万円の鑑定価格がついた建物を250万円で売却しろと言うのは無茶な話だと思います。どのように対処したら良いでしょうか。         

 ご回答

 250万円での売却に応じた方が良いのではないかと思います。

 あなたは,この工場が490万円の値打ちがあるとお考えのようですが,現実に換金できなければこの価格は所詮絵に描いた餅でしかありません。
 実際,逆にこの地主から土地の賃貸借契約締結について承諾を得た複数の買受希望者が現れ,それぞれ800万円以上の購入希望価格を提示してきたような場合,あなたの銀行としては490万円という売却価格にはこだわらないと思いますし,管財人としても490万円で売却することはできないでしょう(破産法75条2項,同85条)。だとすれば490万円という鑑定結果も,一つの目安でしかありません。

 本件について考察する上での大前提として,地主側としては,土地賃貸借契約を解除する上で,あなたの銀行に対して通知する義務はないということです。仮にあなたの銀行で,破産会社に対して融資し工場に抵当権を設定する際,地主との間で破産会社が賃料を支払わなくなった場合にはあなたの銀行に通知しなければならないとする趣旨の書面を取り交わしていたとしても,そのことに変わりはありません(東京地方裁判所平成9年11月28日判決(東京地方裁判所平成9年(ワ)第6606号))。
 他方で,地主の建物収去土地明渡請求を認容した判決が確定しているのですから,地主はこの判決をもとに強制執行しようとすることが考えられます。
 こうなった場合,あなたの銀行としては,先ほど申し上げた地主との間で「破産会社が賃料を支払わなくなった場合にはあなたの銀行に通知しなければならないとする趣旨の書面」を取り交わしてでもいない限り,打つ手がないと思います。このような書面の取り交わしがない場合,一応,地主の建物収去土地明渡の強制執行に対して第三者異議の訴え(民事執行法38条)で対抗することも考えられますが,第三者異議の訴えが認容されるためにはあなたの銀行の抵当権が違法に侵害されたと認められる場合でなければならず,本件では現実に地主が賃料の支払いを受けていない以上,地主の建物収去土地明渡の強制執行が違法であるとは評価できませんので,第三者異議の訴えを提起しても認容されることはなさそうです。
 これに対し,地主との間で「破産会社が賃料を支払わなくなった場合にはあなたの銀行に通知しなければならないとする趣旨の書面」を取り交わしていた場合,地主の建物収去を差し止めることが可能かも知れませんが,判例(最高裁第一小法廷平成22年9月9日判決(平成21年(受)第1661号事件))の趣旨からすれば,建物収去を差し止めるためにはあなたの銀行において地主に対して未払いの賃料を支払う必要が生じると考えられます。ですから,もし支払うべき賃料が240万円を超えているのであれば,あなたの銀行の主張は経済的には無意味であるということになります。
 
 管財人が裁判所に対して担保権消滅許可の申立てをした場合(破産法186条),申立書の送達を受けた日から1ヵ月以内に競売の申立てをするか(破産法187条),あるいは地主以外の別の買受希望者を立てて買受けの申出をするか(破産法188条)のいずれかであると思いますが,先ほど申し上げましたように「地主との間で破産会社が賃料を支払わなくなった場合にはあなたの銀行に通知しなければならないとする趣旨の書面」を取り交わしていなければ,地主の建物収去土地明渡請求を認容した判決が確定し,土地賃貸借契約が終了しているのですから,たとえ地主以外の第三者が工場建物の所有権を入手しても地主から建物収去土地明渡を迫られることになり,第三者がこの工場建物を競落したり,あるいはあなたの銀行の要請に応じて買受希望を出す可能性は乏しいと思います。
 他方,このような書面を取り交わしていても,未払賃料や将来賃料,競売申立費用等の負担を考慮すれば,管財人と張り合って異議を出す経済的利益があるか甚だ疑問です。

 仮に,あなたの銀行が競売の申立てをした場合,管財人は事件を早期に終結することに舵を切り,この工場建物を破産財団から放棄する可能性があります(破産法78条2項12号)。そして,この建物は賃借権がすでに消滅していると思われることに加え,建物を取得しても地主が新たな賃貸借契約の締結に応じるとも思えませんので,買受人が現れる可能性は低いと思わざるを得ません。買受人が現れない場合,管財人がこの建物を破産財団から放棄してしまうと,その後建物の売却の仲立ちをする者もいなくなってしまい,地主は結局事実上自己負担でこの建物を収去しなければならなくなり,あなたの銀行の債務の回収も期待できず,現在の工場建物賃借人も結果的に追い出されるということになって,全員が損をして終わりということになりかねません。そうなると,490万円の鑑定価格の建物を250万円で売却するよりもっと悪い結果となります。

 破産管財人は破産財団をできるだけ増殖させる義務があることを考えると,490万円の鑑定価格の建物を250万円で売却することの妥当性を判断の基準とするのではなく,250万円以上の金額で地主以外の買受希望者に売却することが可能かという観点から判断をしていくべきでしょう。その意味では,手続を履踏した結果として売却できたときの価格こそ適正価格であり,鑑定価格が適正価格であるとはいえないことになります。
 また,現実には競売の申立ての手続費用はや買受申出の手続費用などもかかりますので,あなたの銀行としてはこれらの費用をどうするかも考えて,今後の方針を決めるべきでしょう。    
弁護士 田上尚志(平成25年03月22日) 

 参考文献・HP


 東京地方裁判所平成9年11月28日判決(東京地方裁判所平成9年(ワ)第6606号,判例秘書JP登載のもの)
 最高裁第一小法廷平成22年9月9日判決(平成21年(受)第1661号,判例秘書JP登載のもの)
 東京地方裁判所昭和47年10月31日判決(東京地方裁判所昭和46年(ワ)第2041号)
 東京地方裁判所平成3年9月26日判決(東京地方裁判所平成3年(ワ)第1653号,判例秘書JP登載のもの)

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