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島根県益田市の法律事務所。田上法律事務所です。

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往来危険罪。


 相談の概要

 2週間位前ですが,午後3時頃,気分がむしゃくしゃしていたので,駅のホームのプレハブ待合室の入り口引き戸ドアを取り外して線路上に投げ落としました。
 すると,駅員が飛んできて,ドアを線路からどかして,「何てことをするんだ。」と散々文句を言い,挙句に「今度やったら警察を呼ぶぞ。」と私を乱暴な言葉で怒鳴りました。八つ当たりしたのは私も悪いと思いますが,駅員なのに乗客でもあった私に対して敬語も使わずに怒鳴ったことは納得いきません。私としては,つい,むしゃくしゃしてやってしまったことにすぎません。それなのに警察に訴えるとまで言いだすのは行き過ぎだと思います。私としては穏便に済ませようと思っていたのですが,後になって腹が立ちました。鉄道会社やこの駅員に対して慰謝料請求等を考えているのですが,どうすればよいでしょうか。       

 ご回答

 慰謝料請求など直ちに諦めて下さい。今回警察に通報されなかったことは本当に運が良かったと思います。

 刑法には「往来危険罪」という罪があり,刑法125条1項で「鉄道若しくはその標識を損壊し,又はその他の方法により,汽車又は電車の往来の危険を生じさせた者は,2年以上の有期懲役に処する。」と規定されています。
 ここに言う「往来の危険」とは,「汽車又は電車の脱線,転覆,衝突,破壊など,これらの交通機関の往来に危険な結果を生ずるおそれのある状態をいい,単に交通の妨害を生じさせただけでは足りないが,上記脱線等の実害の発生が必然的ないし蓋然的であることまで必要とするものではなく,上記実害の発生する可能性があれば足りる(最高裁昭和27年(あ)第43号同35年2月18日第一小法廷判決・刑集14巻2号138頁,最高裁昭和33年(あ)第2268号同36年12月1日第二小法廷判決・刑集15巻11号1807頁参照)」とされています(最高裁平成11年(あ)第697号同平成15年6月2日第一小法廷決定)。また,本件と似た事案として,地下鉄の軌道(レール)上に鉄製のごみ箱を投げ込む行為について電車の脱線の危険性を認めて往来危険罪の成立を認めた裁判例もあります(東京高等裁判所昭和62年(う)第643号東京高等裁判所昭和62年7月28日判決)。
 たしかに,往来危険罪が成立するには,往来の危険の発生の認識,すなわち汽車又は電車の脱線,転覆,衝突,破壊など,交通機関の往来に危険な結果を生ずるおそれのある状態の発生の認識が必要であり,あなたは「むしゃくしゃしてやっただけで,そこまで深く考えてはいなかった。」と主張されるかも知れませんが,線路上に入り口ドアほどの障害物があれば通常人であればその危険性は認識できますので,いざ警察に届け出られ,訴追されて刑事裁判になった場合,警察官,検察官,裁判官があなたの主張を認める可能性は乏しいといわざる得ません。
 お話を聞いた限りでは,私でも汽車・電車の脱線・転覆の危険性は否定できないと思いますので,あなたの行為は往来危険罪に該当する可能性が極めて高いと思います。
 そして,汽車・電車が脱線,転覆すれば,何百人という死傷者が生じるおそれがあります。このため,往来危険罪は実際にそのような死傷者が出ていない場合でも「2年以上の有期懲役に処する。」と規定し,非常に重い刑罰を科しているのです。
 以上のとおりですので,慰謝料等請求すれば悪質な行為者であるとして警察・検察に被害届の提出や,告訴がなされるかも知れません。むしろ,自分自身の行為を深く反省することをお勧め致します。

 さらに本件では,引き戸ドアを取り外して線路に放り投げるという乱暴な手段を用いて鉄道の運行を妨害したのですから,同時に威力業務妨害罪(刑法233条)が成立すると思います。威力業務妨害罪の法定刑は,「3年以下の懲役又は50万円以下の罰金」です(刑法233条)。

 ところで,本件のように,1個の行為が2個の罪名に触れる場合を観念的競合といい,その最も重い刑によって処断されます。本件では,重い方の往来危険罪の刑によって処断されることになります。

 なお,刑事裁判になった場合には,往来危険罪は法定刑の最短期が懲役2年ですので,いわゆる法定合議事件として地方裁判所の合議体で第1審の審理が行われます(裁判所法26条2項2号)。このため,裁判官が1人しか配置されていない田舎の裁判所支部では審理を行うことができず,全国の都道府県庁所在地と,函館市,旭川市,釧路市に設置されている地方裁判所本庁か,比較的大都市で裁判官が複数配置されており,合議体を構成できる地方裁判所の支部でしか審理できません。このため,いわゆる過疎地に居住している場合,刑事裁判になってしまうと,最寄りの裁判所で審理を受けることができず,非常に大きな負担を強いられることになります。     
弁護士 田上尚志(平成25年07月05日)
平成26年05月05日加筆訂正
 

 参考文献・HP


 最高裁平成11年(あ)第697号同平成15年6月2日第一小法廷決定(判例秘書登載のもの)
 東京高等裁判所昭和62年(う)第643号東京高等裁判所昭和62年7月28日判決(判例秘書登載のもの)
 前田雅英「刑法各論講義 第4版」(東京大学出版会)
 大谷 實著 成文堂 「刑法講義各論 第4版補訂版」

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